文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

追悼・山浦嘉久。ご冥福をお祈りします。 私が、長年、お世話になっている『月刊日本』の山浦嘉久氏が、9月15日、亡くなられたそうです。新橋SL広場の辻説法とその後の『三州屋 』での飲み会が、最後でした。

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追悼・山浦嘉久。ご冥福をお祈りします。

私が、長年、お世話になっている『月刊日本』の山浦嘉久氏が、9月15日、亡くなられたそうです。新橋SL広場の辻説法とその後の『三州屋 』での飲み会が、最後でした。その日、山浦氏は、稲村公望氏と、学生時代の交遊を楽しそうに話していました。私は、ほぼ同世代ですが、その頃、部屋に閉じこもって本ばかり読んでいたので、「保守反動」を自称しながらも(観念右翼?)、具体的な運動やその現場のことなど、ほとんど知りません。私は、二人の会話があまりに面白く、重大な歴史的証言を含んでいたので、「対談集でも出したら・・・」と言ったことを覚えています。早稲田大学出身の山浦氏は、宮崎正弘氏らとともに、「右翼民族派オピニオンリーダー」であり、「行動右翼」だったようです。私が、初めてお目にかかったのは、新小岩の某所で開かれた藤井厳喜氏の忘年会でした。山浦氏は、宮崎正弘氏と御一緒でした。私は、宮崎氏とは、「三島由紀夫研究会」や「憂国忌」で、その直前に知り合っていましたので、挨拶しました。その時、隣でニコニコと穏やかに笑っていたのが山浦氏でした。

『ひややかに水をたたえて かくあれば人は知らじな 火をふきし山のあととも』

私が知り合った頃の山浦嘉久氏は、穏やかな学研派という感じでした。とても、若い頃、「右翼民族派」の「行動右翼」として活動していた「歴戦の猛者」だったとは想像できませんでした。その意味で 、私は、太宰治平野謙で有名な、この詩を思い出します。山浦氏の穏やかな微笑の裏には、「火を吹きし山」、つまり「激情」と「狂気」が秘められていたのだと思います。バブル経済や平凡な小市民生活に背を向けて、右翼民族派の政治思想活動に、一生を捧げた山浦氏に、尊敬の念を込めて、哀悼の意を捧げたいと思います。

ところで、新橋での辻説法と飲み会の後、体調を悪くされ、療養中と聞いていました。突然の訃報で驚きました。ご冥福をお祈りします。ありがとうございました。山崎行太郎