文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

小林秀雄とマルクス(5)。 小林秀雄は、ドストエフスキーの『 地下室の手記(地下生活者の手記)』について、こう書いている。 《 この烈しい分析家は、分析の対象を見失い、分析力自体と化する。世界が、彼の抗議と疑いとによって崩れようとする時、彼は、自分自身も同時に崩壊に瀕するのを覚える。彼の毒舌がばら撒く雑然たる諸表象は、彼の意識の当てどもない運動の微分点以上の意味を持つていない。そういうところまで来ているが、彼は、意識の流れのうちに瀕死することは出来ない。何故か。》(『 罪と罰』について) 「この烈しい

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小林秀雄マルクス(5)。

小林秀雄は、ドストエフスキーの『 地下室の手記(地下生活者の手記)』について、こう書いている。
《 この烈しい分析家は、分析の対象を見失い、分析力自体と化する。世界が、彼の抗議と疑いとによって崩れようとする時、彼は、自分自身も同時に崩壊に瀕するのを覚える。彼の毒舌がばら撒く雑然たる諸表象は、彼の意識の当てどもない運動の微分点以上の意味を持つていない。そういうところまで来ているが、彼は、意識の流れのうちに瀕死することは出来ない。何故か。》(『 罪と罰』について)

「この烈しい分析家は、分析の対象を見失い、分析力自体と化する」。 この「分析力自体」という言葉は重要だ。小林秀雄の批評が面白いのは、この「分析力自体」にある。もちろん 、マルクスの場合もそうだ。小林秀雄マルクス論は、「分析力自体」に注目し、自らも実践しているような、そういう場所から書かれたマルクス論である。「彼の毒舌がばら撒く雑然たる諸表象」に、小林秀雄は、あまり興味を示さない。それらの「諸表象」は、「彼の意識の当てどもない運動の微分点以上の意味を持つていない」からだ。少なくとも、小林秀雄は、そう考える。問題は「分析力自体」であって、「諸表象」、つまり思想や哲学ではない。
マルクス主義の場合には 、「諸表象」とは、たとえば、唯物論であり、唯物論弁証法であり、唯物史観階級闘争史観、あるいは剰余価値論、搾取論・・・などである。もちろん、それらは、「分析力自体」の実践の結果にすぎない。疎外論も物象化論も例外ではない。小林秀雄に言わせると、それらは、イデオロギー(様々なる意匠)にすぎない。「分析力自体」こそが、マルクスの本質である。それが、小林秀雄マルクス論が、他の、多くの優秀なマルクス主義者たちのマルクス論と、決定的に違うところだろう。
小林秀雄は、「 そういうところまで来ているが、彼は、意識の流れのうちに瀕死することは出来ない。何故か。」と問う。「意識の流れのうちに瀕死することは出来ない。」とは、いったい、どういうことか。「分析力自体」と化した過激な思考力は、とどまることがない、ということだ。一方、「意識の流れのうちに瀕死する」とは、思考停止にほかならない。思考停止に陥ると、同時に、イデオロギーという『様々なる意匠』が、つまり形而上学が成立する。小林秀雄は、ここで、ドストエフスキーの思考力、あるいは分析力の「過激性」、つまり「果まで」行こうとする「過激性」について語っている。たとえば、『 罪と罰』のエピローグに、次のような文章がある。
《 〜〜5コペイカにも値しない否定家や賢人どもよ、何故、立ち止まってしまうのか!何故、果まで行こうとしないのか。〜〜》
ドストエフスキードストエフスキーの小説の主人公たちにあるのは、この「果まで」行こうとする強靭な思考力、強靭な分析力である。それが、「分析力自体と化す@る」ということである。
小林秀雄は、ドストエフスキーについて語ったことを、マルクスについても、言っている。
《 それはともかく、芸術的認識が、本来唯物論的なものである、という事は末流作家も逃れる事は出来ない事で、事実、人々は最も普通に作品の善悪を判ずるのに、作品の持っている具体性、現実性の多少によります。つまりは、作者の感性的軽量の強弱とか欠陥とかを予想しているのです。例えばマルクスの文章が、彼の「思惟の現実性と力 、その此岸性」を明らかに現している所以は、彼が、芸術家的率直を持って思惟していいるからです。彼の理論は対象から離れず、あるいはその形式は常に内容を孕んで進展しているがために外なりません。一流作品においては事情は全く違いません。》
小林秀雄は、ここで、ドストエフスキーマルクスを同列に論じているといっていい。つまり、マルクスの思考力は芸術的思考力と同種、同類のものだというこよだろう。ここが、マルクスマルクス主義者が、決定的に異なるところだろう。
言うならばマルクス主義者の思考力は、「中途半端」であり、「果てまで」行こうとしない。そこにマルクス主義者の思考力の限界と不可能性がある。
たとえば、小林秀雄は、マルクス主義者が依拠する最も有名な「唯物史観」について、烈しい批判を展開する。それは、「中途半端」で 、「果てまで」行こうとしないマルクス主義者たちの思考力への批判である。
まず、小林秀雄は、《 歴史は二度と繰り返しはしない。》ということを繰り返し述べている。ここに、「唯物史観」の論理が破綻する根拠がある。唯物史観は、「歴史は繰り返す」という前提の上に成り立っているからだ。しかし、小林秀雄は、《 歴史は二度と繰り返しはしない。》ということを強調する。ただ、それだけを強調することによって、唯物史観を徹底的に批判、否定する。

《先に歴史家は、歴史を繰り返すと言い度がると言ったが、これも無理もない話で、歴史からどうあっても歴史科学というものを編み出そうとしているのに、当の歴史の方が、どうあっても、二度と繰り返してはくれぬ、ということは、まことに厄介なことで、歴史が繰り返してくれたらという果敢無い望みを抱くの同情すべき点がある。そして この果敢無い望みが遂に近代の史学が虎の子にしている考え 、歴史の発展という考えを生んだのである。 》

歴史は繰り返さないことを、経験上から、誰でも知っている。しかし、我々は、「科学」という言葉に弱い。近大、現代人は、科学という言葉が出てくると、反論できない。では、その科学の本質は何か。科学の本質は「反復」である。いつでも、何処でも、反復可能でなければ、科学的真理とは言えないというのが、科学の定義であるる。とすれば、科学的真理は、普遍的真理ではありえない。少なくとも、われわれの人生は一度きりである。反復も再現もできない。一度、死んでしまったら、それきりである。そんなことは、子供でも知っている。しかし、唯物史観という歴史科学は、「繰り返し」と「発展」を、唯物史観の名において語ろうとする。しかし、たとえば、「死んだ子供」を前にした母親は、もう取り返しがつかないことを知っている。
《 歴史は二度と繰り返しはしない。だからこそ僕等は過去を惜しむのである。歴史とは 、人類の巨大な恨みに似ている3。歴史を貫く筋金は、僕等の愛惜の念というものであって、決して因果の鎖という様なものではないと思います。それは、例えば、子供に死なれた母親は、子供の死という歴史事実に対し、どういう風な態度をとるか、を考えてみれば、明らかな亊でしょう。》(「歴史と文学」)

唯物史観が、マルクスの思想だったどうかは疑問である。マルクスもまた、「死んだ子供」の前で、茫然と泣き崩れる母親のように、歴史的現実と向き合っていたのではないのか。ただ、マルクス主義者たちのみが、歴史科学としての唯物史観の公式を鵜呑みにしているに過ぎないのではないか。小林秀雄は、そう言っているのだ。
たしかに、マルクスは、『経済学批判 』の序言で、唯物史観を定式化して、次のように言っている。

《人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意思から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発生段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。》(マルクス『経済学批判 』)
なるほど、マルクスは、ここで 、いわゆる「唯物史観」を、分かりやすく公式化して、体系化している。「経済的下部構造」が、歴史を決定するという、いわゆる「下部構造決定論」である。ここから、マルクス主義者たちは、この公式をさらに神聖化し、教条主義かしていく。これが歴史的真理だと。マルクスはどうだったのか。マルクスは、そこまで単純ではなかった。デカルトが、デカルト主義者ではなかったように。
つまりかれらの「物質的生産諸力」の一定の発生段階に対応する「生産諸関係」を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の「経済的機構」・・・。なるほど、反論のしようもない強固な論理のように見える。しかし、小林秀雄は、マルクスではなく 、ヘーゲルについて、こう言って反論する。
ヘーゲルの歴史のシステムのなかには、本当の人間はいない。普遍精神が己れをを客観化して行く歴史の流れにこそ
、人間が矛盾するのであってデイアレクテイクの発条としての矛盾などというものは空想に過ぎぬ。そういう考えはを、例えばケルケゴールとかドストエフスキィという人々は早くも抱いていた。》

「ケルケゴールとかドストエフスキィ」という言葉に注目しよう。
(続く)