文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『 思想家は生き方で決まる』 昨夜は、早稲田大学の大隈会館で、『月刊日本』の発行者の一人で、論説委員として健筆を奮ってきた「山浦嘉久さんを偲ぶ会」だった。私は、小雨の降るなか、都電荒川線で、王子から早稲田まで、小さな路面電車に揺られながら、行った。懐かしい大隈講堂が、夕闇のなかに、かすかに浮かび上がっていた。大隈講堂前を左折したところに、『月刊日本』副編集長の中村君が立っていた。大隈会館楠亭に入っていくと、多くの友人や関係者が集まっていた。山浦氏は、早稲田大学政経学部時代、「日本学生会議」(?)とかいう保

・・・・にほんブログ村 政治ブログへ・・


『 思想家は生き方で決まる』
昨夜は、早稲田大学の大隈会館で、『月刊日本』の発行者の一人で、論説委員として健筆を奮ってきた「山浦嘉久さんを偲ぶ会」だった。私は、小雨の降るなか、都電荒川線で、王子から早稲田まで、小さな路面電車に揺られながら、行った。懐かしい大隈講堂が、夕闇のなかに、かすかに浮かび上がっていた。大隈講堂前を左折したところに、『月刊日本』副編集長の中村君が立っていた。大隈会館楠亭に入っていくと、多くの友人や関係者が集まっていた。山浦氏は、早稲田大学政経学部時代、「日本学生会議」(?)とかいう保守系学生運動の活動家(議長)だったという。学生時代から現在まで、友人で、思想的同士であり続けたという南丘喜八郎(『月刊日本』主幹)さんの話に感動した。学生運動の仲間たちの話で印象的だったのは、「退路を絶った」という言葉だった。山浦氏は、一般社会への未練を断ち切るために、昭和44年、24歳の時、外務省へ突入し、敢えて「前科一犯」になったらしい。前科一犯では、何処にも就職できない。そして、今年、74歳でこの世を去るまで、生涯現役の活動家としての人生を全うしたらしい。私は、サラリーマンや官僚、大学教授・・・等になった元活動家の生き方を批判するつもりはない。しかし、山浦氏のような「退路を絶った生き方」は、彼等と同種、同類ではない。『 思想家や文学者は「生き方」で決まる 』というのが私の持論である。私は、若き日の「山浦嘉久」を知らない。私が知っているのは、『月刊日本』の編集者としての「山浦嘉久」だけである。いつも微笑を絶やさない穏やかな初老の紳士 ・・・。それが、私にとっての山浦嘉久氏であった。私は、表層しか見ていなかったのかもしれない。あるいは、その穏やかそうに見える表情の奥に秘めた強固な意志と信念、そして思想的野望と実存的決断を読み取るべきだったのかもしれない。私は 、山浦氏の友人や思想的同士たちの言葉を聴きながら、私が、何も知らなかったことを痛感した。山浦氏の愛唱歌は、島崎藤村の『惜別の歌 』だったらしいが、私には、私自身が好きだった歌が思い出された。うろ覚えだが、たしか、こんな歌・・・。

『 おだやかに、水をたたえてかくあれば、人は知らじな 火を噴きし、山のあととも』(?)

私が、山浦氏に最後にお会いしたのは 、新橋駅前の「辻説法」の日だった。その日、辻説法後、居酒屋で、稲村公望氏らと簡単な飲み会をしたのだが、早大政経学部卒の山浦氏と東大法学部卒の稲村氏は、学生時代から交流があったらしく、学生時代の武勇談を語り続け、いつもより、酒も話も、盛り上がっていった。私は、保守系学生運動の歴史や人間関係等を回顧的に語る二人の話が面白く、貴重なものだったので、この話は、後世に残して置くべきだと思い、「是非、『 対談集 』を企画してくださいよ」とお願いしたほどだった。それが、山浦氏にとっての「最後の晩餐」ならぬ、「最後の酒宴」だったのかもしれない。その後、程なくして 、山浦氏が病床にあると聞いたのだった。謹んでご冥福をお祈りします。山浦氏の簡単な経歴は以下の通りだ。

〓〓〓〓以下引用〓〓〓〓
1945年、長野県上田市に生まれる。
1969年、早稲田大学政治経済学部卒業。 学生時代から民族派学生運動日本学生会議議長を務め従事、卒業後も主に民族派社会運動の発展に人生を託す。 その間商社業務を手がけ、欧米アジアを歴訪、国際政治、地政学、古代史、古伝などを学び「日本文明の本質と世界性」をライフワークと定める。北朝鮮事情やヤルタ会談について詳しい。 文明地政学協会代表を務め同協会発行の世界戦略情報誌 みち 言論活動に従事。 ケイアンドケイプレス発行の論壇誌 月刊日本 論説委員でもある。
〓〓〓〓引用終了〓〓〓〓