文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

昨日は(12 /1) 、西郷隆盛・生誕祭だった。結構、盛会だった。稲村公望さんや内弘志さん、西郷銅像清掃係のメンバーをはじめ、いろんな人達に会った。西郷隆盛本家五代目当主の西郷隆太郎さん、西郷あゆ美さん夫妻も。Facebook友達の清水健一さんなど、初めての人も。清水健一さんは、鹿児島の武小、武中卒で、鹿児島中央駅西口にある西郷隆盛邸宅跡の地元だとか。西郷さんに関して、かなり詳しい。南洲神社に建てられた「大久保慰霊碑」に抗議し、中心人物の一人、原口泉(鹿児島大学名誉教授)に、直接、「なんだ、コリやー」と怒

・・・・にほんブログ村 政治ブログへ・・

昨日は(12 /1) 、西郷隆盛・生誕祭だった。結構、盛会だった。稲村公望さんや内弘志さん、西郷銅像清掃係のメンバーをはじめ、いろんな人達に会った。西郷隆盛本家五代目当主の西郷隆太郎さん、西郷あゆ美さん夫妻も。Facebook友達の清水健一さんなど、初めての人も。清水健一さんは、鹿児島の武小、武中卒で、鹿児島中央駅西口にある西郷隆盛邸宅跡の地元だとか。西郷さんに関して、かなり詳しい。南洲神社に建てられた「大久保慰霊碑」に抗議し、中心人物の一人、原口泉(鹿児島大学名誉教授)に、直接、「なんだ、コリやー」と怒鳴りつけた、とか。これは、強い味方が現れたというほかはない。ところで、昨日は、ちょっと珍しい人にも会った。友人の某氏が、「大久保利通」に異常に詳しい人がいるというので、私のところに連れて来た。話を聞いてみると、なるほど、詳しい。大久保利通と郡山の「安積疏水開発」の話らしい。その功績で、「大久保神社」があると、ある書物で読んだたことがある。上妻(こうずま)・・・という初見の人だった。上妻氏は、大久保利通が功績を横取りしていると怒っている。裁判も準備しているとか。立ち話では、詳細は分からない。私も、調べてみると約束。この上妻氏は、熊本の「菊池一族」の子孫とも関係あるらしく、菊池一族の歴史にも詳しい。西郷さんも菊池一族で、その子孫(末裔)である。だから、西郷さんは、奄美大島島流しにあった時、「菊池源吾」という変名を使っている。これは、西郷さんが、自分は「菊池一族」の子孫(末裔)であるという自覚があったということだ。西郷さんは、奄美大島で結婚し、アイカナとの間に二人の子供をもうけたが、その子供の名前にも、「菊次郎」と「菊子」という「菊池一族」を連想させる「菊」の字をあてている。西郷さんの「菊池一族の末裔」へのこだわりが、相当、根深いものだったことが分かる。実は、我が「山崎一族」も菊池一族だという言い伝えが、親類・縁者達の間に、真偽はわからないが、残っている。その「言い伝え」によると、菊池一族のなかの「赤星一族」が、山崎一族の先祖だというのだ。赤星一族の墓も近くにある、と。「赤星一族」は、事件か不祥事(反乱、下克上?)を引き起こして失敗し、薩摩半島まで落ち延びてきた、というのだ。何故、「赤星」から「山崎」へ改名したかと言うと、追っ手から逃れるためだった、というのだが・・・。私は、真偽を確認したいと、熊本の菊池一族の歴史類を調べたことがあるが、「赤星一族」がいたことは分かったが、その菊池一族の「赤星」と薩摩半島の「山崎」の結び付きが 、わからなかった。その話を尋ねてみたところ、分かったことがある。赤星一族は佐賀の龍造寺氏との戦いで敗れ、南九州、薩摩半島へ落ち延びて行ったのではないか、というのだ。我が山崎一族には、「赤星の子孫(末裔)」という言い伝えと、佐賀の「龍造寺の子孫(末裔)」という二つの言い伝えがある。私は 、めちゃくちゃだな・・・(笑)、と思って信用していなかったが、上妻氏の説明をうかがって、ひょっとして、満更、法螺話でもないんじゃないか、と思った次第である。もっと探ってみようと思う。その証拠の一端かもしれないものが残されている。前にも紹介したが、「山崎の五輪塔群」である。平安・鎌倉時代の墓石群である。私の祖父(山崎静造)が書いた説明文の古い石塔も残っている。ちなみに、鎌倉の東慶寺にある小林秀雄の墓石も、九州の古物商から譲りうけた小さな五輪塔だった。