文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 ゴーン逃亡事件とソレイマニ殺害事件 、その情報と解説のパラドクス。 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 我々は、「考える」というより 、「考えさせられる」ことの方が多い。与えられる情報に、公平、中立な情報というものはない。我々は、無意識のうちに洗脳され、情報操作されている。どちらが正しいか間違っているかは問題ではない。そもそも、公平、中立な、客観的正解とか客観的真理などというものはない。具体的に言うと、イラン革命防衛隊司令官ソレイマニ殺害は、米軍よりの情報と、イラン政府側からの

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ゴーン逃亡事件とソレイマニ殺害事件 、その情報と解説のパラドクス。
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我々は、「考える」というより 、「考えさせられる」ことの方が多い。与えられる情報に、公平、中立な情報というものはない。我々は、無意識のうちに洗脳され、情報操作されている。どちらが正しいか間違っているかは問題ではない。そもそも、公平、中立な、客観的正解とか客観的真理などというものはない。具体的に言うと、イラン革命防衛隊司令官ソレイマニ殺害は、米軍よりの情報と、イラン政府側からの情報とでは、まったく逆になる。米軍や欧米的価値観の側から見れば、ソレイマニは「テロリスト」であり、ビン・ラディンやバグタデイらと同様に、いつ虐殺されようとも、それは当然であり、虐殺は目的完遂であり、拍手喝すべきことである。ところが、親米政権を打倒しイラン革命を達成したイラン政府側から見ると、ソレイマニ司令官は、「イランの国民的英雄」である。国民的英雄を虐殺されたイラン政府やイラン国民が、激昂し、「アメリカに反撃」を叫び、米軍基地にロケット弾を撃ち込むのも当然である。こんなことを言い出すと、話にならない。日本のマスコミやジャーナリズムは、あるいは中東専門家たちも、それぞれ立ち位置を決めなければならない。米軍よりか、イラン政府よりか。つまり、「反米(イラン政府)」か「親米」か。しかし、その「立ち位置」、 つまり「価値観」、「歴史観」のことを、無視しているうちに、やがて忘れる。客観的立場に立ってるかのような議論が行われる。しかし、言うまでもなく、客観的議論など成り立たない。だから、「親米」か「反米」かというよう議論の泥沼にはまり込むと、「中東問題」も「イスラム問題」も見えなくなる。誤解を恐れずに、正直に言わせてもらうと、私は、そもそも、反米の闘士としての「ビンラディン」も「バグダデイ」も「ソレイマニ」も、嫌いではなかった。米国や米軍、あるいは欧米社会が 、彼等を「テロリスト」と言おうが言うまいが、彼等が、「民族独立派の闘士」であることに変わりはない。私は、「反米の闘士」「民族独立派の闘士」としての彼等が、思想的にというより、生理的に好きなのだ。私は、非行動的な文弱の徒だが、その反抗精神、抵抗精神、反逆精神は共有しているつもりだ。大杉栄は 、「僕は精神が好きだ」と書いたが、私は、「僕は、反抗精神、抵抗精神、反逆精神が好きだ」と書いておきたい。

(続く)