哲学者=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

■ 『 浅田彰大批判(6) 』 ー浅田彰的なるものの現象学(6)』 〓 何故、浅田彰の話は空疎なのか。「知識」の輸入業者に過ぎないからだ。「雑学」系三流文化人に過ぎないからだ。 昨夜(12 /21)、浅田彰が都内某所で、シンポジュウム(演劇上演?)に登場し、相変わらず、河村市長は、大阪維新の松井市長と「馬鹿くらべ」をしているとか、一方、大村知事は憲法を理解したナカナカの人物だとか、「怪気炎」を上げて、「あいちトリエンナーレ事件」を擁護したようです。す

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浅田彰大批判(6) 』
浅田彰的なるものの現象学(6)』
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何故、浅田彰の話は空疎なのか。「知識」の輸入業者に過ぎないからだ。「雑学」系三流文化人に過ぎないからだ。昨夜(12 /21)、浅田彰が都内某所で、シンポジュウム(演劇上演?)に登場し、相変わらず、河村市長は、大阪維新の松井市長と「馬鹿くらべ」をしているとか、一方、大村知事は憲法を理解したナカナカの人物だとか、「怪気炎」を上げて、「あいちトリエンナーレ事件」を擁護したようです。すっかり「香山リカ」状態化しているようです。私は、もちろん、行きませんでしたが、友人が行って見てきたようです。先ほど、連絡をいただきました。柄谷行人も観客席に来ていたらしいですが、終始、「居眠り」(笑)していたそうです。浅田彰の話は、自分の雑学や趣味の話ばかりで、傾聴に値しません。浅田彰の話は、「思考」していない人特有のウンチク話です。車の免許も持っていな人が、異常に車に詳しく、車の話を延々と繰り返すようなものです。勝手にしろ、と言うだけです。『 構造と力』がそうでした。フランス現代思想の解説をやりながら、浅田彰自身は、何処にもいません。デリダラカン、ドルーズ、ガタリフーコー、その他の「難解」(笑)そうな思想体系(理論)を、「チャート式」で、図式化しただけです。世の中には、こういう図式化=単純化されたものが、ホンモノの「哲学」とか「思想」だと錯覚する人が少なくないらしく、よく売れたらしい。浅田彰もその読者たちも、所詮は、哲学や思想の「ミーハー」であり「カブレ」にすぎません。浅田彰にもその愛読者たちにも「思考能力」が、言い換えれば、岩盤と化している日常的論理(常識)を破壊し、突撃し、突進していく「創造能力」が欠如している。『柄谷行人 /浅田彰全対話 』を読むと、浅田彰は、吉本隆明廣松渉江藤淳小林秀雄・・・等を、さかんに批判しているようだが、彼等は、つまり吉本隆明等は、いずれも、浅田彰に欠如している「思考能力」と「創造能力」の所有者たちだからだろう。浅田彰が、テレビ番組のコメンテーターレベルの通俗的三流知識人に堕落したのは当然だ。今、浅田彰は、60を過ぎて、思想的に、自分が、何も残していないこと気付いたのだろうか。今頃、「自分=自己=存在」を語っても、もう遅いよ。浅田彰は高校生の頃から、生徒会と大声を出す演劇が大嫌いだったそうだが、「だから、どうした」というのか。生徒会と演劇が嫌いな高校生は、ゴマンといるだろう。浅田彰は、吉本隆明の「大衆の原像」論を、嘲笑っているが、浅田彰よ、お前こそ、日本という「土人国家」の「一般大衆」そのもだよ。まだ気付かないのか。