哲学者=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

窓の外には神田川・・・ではなく、窓の外には春のウイルスが・・・。 感染者ゼロメートル地帯だった鹿児島にも、ついに感染者が出たようです。イギリス在住の40代女性で、鹿児島空港へ着陸、姶良市(あいらし)に帰郷したようです。姶良市のスーパーやショッピングモールにも、買い物に出掛けたとか・・・。私が、潜伏中の南九州市、あるいは枕崎市とは、遠く離れていますが・・・。「東京のコロナ疎開老人引き受けます!」と 、「毒蛇山荘 /不沈空母宣言」をしたばかりですが、ちょっと心配になってきました。さて、今朝は、起床後、炬燵か

窓の外には神田川・・・ではなく、窓の外には春のウイルスが・・・。

感染者ゼロメートル地帯だった鹿児島にも、ついに感染者が出たようです。イギリス在住の40代女性で、鹿児島空港へ着陸、姶良市(あいらし)に帰郷したようです。姶良市のスーパーやショッピングモールにも、買い物に出掛けたとか・・・。私が、潜伏中の南九州市、あるいは枕崎市とは、遠く離れていますが・・・。「東京のコロナ疎開老人引き受けます!」と 、「毒蛇山荘 /不沈空母宣言」をしたばかりですが、ちょっと心配になってきました。さて、今朝は、起床後、炬燵から庭木にやってくる小鳥たちをバードウオッチング(笑)。その後、今朝も、「大丸小学校」まで、往復2キロメートルの散歩に行ってきました。大丸小学校の校庭には、70年前にあった大きなクスノキイチョウが、悠々と生き延びて います。木造校舎は消えて、新しい校舎になっていますが、小学生の時、運動会で走り抜けたグランドは 、コースも、父兄席だった芝生も、そのまま残っています。運動会の日に、親たちが 、座って、飲めや歌えの大宴会(笑)を開いていた芝生も、綺麗に整備されて残っています。昼食時間になると、子供たちは、親の待つ芝生席へ 、一目散に掛けて行ったものでした。校門の入口あたりには、売店も、都会の「夜店」のように並んでいたものです。終戦直後で、みんな貧しいけれど、のどかな、元気のいい時代でした。今は、そこの芝生席には 、当然のことですが 、誰もいません。「おかあさん、僕の、あの『 麦わら帽子』は、何処へ行ったんでしょう」・・・という声が、谷間の村の小さな小学校の、誰もいない校庭の静寂の中から、聞こえてきそうです。